追悼登山ー追想ー

  • 2017.06.09 Friday
  • 01:01

1980年(昭和55年)5月16日(金)14:51

 

松山商科大学ワンダーフォーゲル部に激震が起こった日である。

四国合w調査の週末パーワンでの一瞬の事故。

 

夕方、故松岡先輩より電話があり部員が事故にあった。

松山に来られないか?とのことであったが・・・

仕事で、どうしても抜けられない。

カンパだけでごめんなさい!

 

 

この事をいつから忘れていたのか?

思い出そうとしても思い出せない。

 

5〜6年前、堂ヶ森に行くときに思い出す。

そうだ立ち寄ってみよう。が、場所が全く分からず。

 

機関誌「天狗追悼号」発行年月日 昭和55年10月6日
 

 

送られてきて、さらっと見て・・・・本棚の中に他の機関誌共々眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

57年卒曽我部氏を中心に墓標修復・追悼登山をしようと言う話が持ち上がっていた。が、・・・

日程調整が難しくて、結局天候の都合で一人で行ったとの報告がFBに揚がった。

 

な、何だよ!でも・・それもそうだ。その方が気楽だよな。

 

曽我部氏、平成15年5月20日の画像

 

訪ねる人もいなかったか?笹の中に慰霊碑は眠っていた。

 

探して・・・探して・・・探して (ご苦労様!)


 

見つけた。笹を刈って・・・・・・・・

 

慰霊碑も久しぶりに陽を浴びて嬉しそう。
 

曽我部氏の言

 

1慰霊碑はかなり痛んでおります。

2学生が練ったコンクリは弱い。 
3応急処置をしてきました。   

4秋には本格的になおします。  

 

 

 毎年5月16日前後に慰霊登山をしたいと思います。

 

当時、矢野さんと同じく空気を吸った人は、そんな気持ちになるかもね。

 

 一方で、辛くて山から卒業した人も居るかも知れない。

 人はそれぞれ。

 

 その時の辛い様々な気持ちは忘れないまでも、全てひっくるめて風化していて欲しいと考えるのは、当事者でないからか?

 

 

 

 

 

時は流れて・・・、弊ブログに中西さんという女性からのコメントが入った。

 

やり取りの中で、矢野さんの同期部員で途中退部したのだという。

彼の慰霊登山がズ〜〜〜と気になってきたのだと言われる。

新居浜に住んでいる曽我部さんを夫婦で訪問したりして・・・

交流を深めていき・・・・

 

ついには、八幡浜に住んでいた矢野さんも道後聖墓苑に眠っているということも彼女が探し当てた。

 

そして、元部員の何名かで慰霊登山実施について話が揚がってきたようだ。

 

小生は、やはり登山だけなら一人が良いかな?

百姓ゴッコが忙しい。日程調整は難しい。

 

先月の5月17日、何人かで行くようだとの情報が入っていたが・・・

 

曽我部氏のFBには

 

堂ヶ森に慰霊登山に行ってきました。結局一人で行きました。

 

やっぱりね!

 

笹を刈る道具を置き忘れてきました。だめだこりゃ。
またもやクマ笹の中、

 

手動式葉っぱ千切り器。

葉っぱをちぎったのが下の写真です。

 

 

 

 ギター抱えたワンダラーシンガー曽我部 久氏

  実態は新居浜市 エルスタジオ経営者

 

 矢野君に捧ぐ山の歌?

   違う?

では、好きだった山崎ハコの流れ酔い歌か?

    ブウー

山男のセンチメンタル 惜別の歌か?

   ぶうー

  奉納曲は、長渕剛の「close your eyes」だと!           

  フンフン・・まあ知らない歌だわな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊碑の前を通る道は廃道になっていました。
慰霊碑の正面の所までは笹を刈ってくれていたのはご慈悲ですね。
慰霊碑の正面のあたりに鉄の棒をおいて道を塞いでいます。
ここが廃道になって、梅ケ市方向へ20秒ほど下に下りたところに保井野への分岐があって、そちらがこれからは本線なり。
慰霊碑を見るのはもう、我々だけになっていきます。

 

慰霊碑の少し上に登った場所です。            
雨水は右方向へと誘導されて、慰霊碑の方へ流れて行きます。

 

  

 

一方で件の中西女史、同期の人に連絡を取り慰霊登山を計画をしたようだ。

その日の16日にかなりこだわりがあったが、結局仕事の都合で28日に実行。

 

参加者は3名。

58年卒 槙 俊佑氏

同   三好 健夫氏

同 中西(大西) 洋子女史

 

さすがワンゲルのメシを食った経験者

初めての登山コースだったためか?慰霊登山の企画・連絡・実行責任があったためか?

事前偵察登山をしたようだった。

 

 

前週に梅ヶ市との分岐までトレーニングとルート把握を兼ねて登っていた。

 

しばらく山から離れていたので、勘を取り戻すには良い経験だったはず。

 

慰霊碑の前で矢野君の好きなコーヒーを一緒に飲むという強い気持ちは・・・・

 

荷物を軽くするために、カッパとガスコンロとクッカーは断念。
甘くはないよね!

 

ワンダラーの基本

行動食は用意しただろうが、非常食2日分、余分の水、ヘッドランプ、ダウン、着替えなどはどうかな?

 

さて、その5月28日(日)彼女の報告メールには

 

曽我部さんの記述どうり保井野側から碑へ直登の道は鉄の棒で止められてました。
 しかし、槙君は難無く分岐から稜線を5メートルくらい行って碑を見つけました。

彼も35年ぶりにのはずなのに、よく記憶してました。

(やはり彼はパーメン、重い想いを背負ってきのだろうと拝察する)

 

 

 

ザックを下ろした後に、早速、愛妻様に証拠写真を送付する二人。

 彼女が、お連れ愛様に送ったという報告はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曽我部さんは笹刈り鎌を忘れて、手でもぎ取り・・・(爆笑)

同期三人組は・・・・

中西女史に言わせると

槙、三好君は持参してきた鎌で、怒濤のようなすばやい笹刈りをして、碑のまわりを整えました。

二人の鎌さばきは、見ていて怖かったほどです。

 

 

線香と、三好君がきんつばを供え、しばし黙祷。そのあと記念撮影。

彼がこだわっていたコーヒーを供えられなかったのは心残りか?

 

不肖この山野貴公子が、その内に美味いサミット自家焙煎コーヒーを供えてあげよう。


 

 

 

その後堂ヶ森のピークへ、初めて有名な反射板や三角点を見たり、槙君の解説で感動的な眺めを目にしました。
 矢野君と槙君が落ちた木のあたりを教えてもらいましたが、崖とは思えないほど静かな灌木で覆われてました。

 

やっと念願の慰霊登山ができたという、喜び発露のポーズとなったか?

 

 

 

彼女は言う

30年以上山やってないもん同士で無理にパーティー組んで登りましたが・・・

慰霊碑と、ピークと、事故なく下山できたのは山の神様が暖かい目で見守ってくれたからか、

矢野君が喜んでくれたからか‥‥ 

 

顧問 鈴木先生の追悼号巻頭言の一部を掲げる。以て、合掌

人間もとより死せざるは無し。

されど、明朗闊達にして性は純良なる好漢矢野博英君が、

未だ人生の山麓に在りながら鬼籍に入るのは痛恨の極みなり。

吾人、天道の振舞い非たるを疑わず。以下略

  

カタリナ短大ワンゲル部OBのお姉さん

  • 2017.03.03 Friday
  • 23:04

昨日、急に思い付いて松山に出かけた。

と言うよりは、単に雨だったのでかみさんの運転手を買って出ただけ

 

かみさんはかぐや姫で、小生は白いワイシャツとどさん子ラーメン。

 

どさん子ラーメンには長い間行ってなかった。

今風の特別な美味なラーメンというわけではない。

 

それよりも・・・・

昔々、ダンボのママであり、それよりも昔昔昔、カタリナ短大ワンゲル部員。

 

我が現役の頃には卒業されていてOBとしての付き合い。

知り合って50年になるかな?

 

ラーメン食べながら・・・話して

餃子食べながら・・・・・話して

おでんを食べながら・・・話して

 

話していて若いOBの話になって、女子入部の話も出てきて・・

前回の松山でのOB会の話で、山本さんの話も出て・・

 

急に阿部さんの写真を思い出した。

阿部さんに写真を送って貰ったのに、ブログにアップしてなかった。

58年卒 阿部 哲也君

 

 

 

平成23年11月27日で メール返信で送っていただいた。

 

写真掲載、もちろんOKです。

なお、大雪には夫婦2人でちんたら山行でした。

 

松山商大ワンゲルOB、それぞれ山も頑張っていますな。

 

昔の話をすると、元気が充填される。

年取った証左かも・・・

まだまだ、お山も頑張ろう!!

 

 

 

 

 

 

愛媛マラソン応援の予定が・・・

  • 2017.02.16 Thursday
  • 22:36

愛媛マラソンでは、トップイン予約と岩橋ゼミ卒生の応援が定番。

が、今回はワンゲル部の1年後輩が出走することになった。

世の中は、ワンゲル部OB会優先の原則が適用される。

 

 

まず、12月に予約。朝食サービス付きの4,000円。清貧百姓モドキには嬉しい値段設定。

応援席は、北条のフジ夏目店前。

 

などと段取りはPerfectだったが・・・・

 

ところが最優先事項が入ってきた。叔父の49日法要と納骨。

開始時間を考えると応援タイムは無理。

 

もし・・・所定の場所で応援できていれば・・・

もし・・・何てことは意味がないけどね。

Tabuchi御夫妻に会えたのになあ〜、残念!!

 

で、ゴールで出迎えすることにしたが終了したのが14:40。

ホテルに車を入れて堀之内に向かって歩いていたら、

相原先輩より電話。ホテルに向かっているとのこと。

 

山下君はゴールしているであろうし、・・・・・

今年の応援はなかったことにする。

ともにホテルに帰り、疲れ果てた先輩はワンビアで疲れを誤魔化す。

タイムは、4時間58分。今までに比べて少し悪いか?

心なしか、肩が寂しい(笑)

 

 

さて、小生は17:00から「まる半」で慰労会兼お久しぶり会。

出席者は、4時間9分の48年卒山下君他8名。

 


47年卒 田中・八田・私

48年卒 山下・高橋・廣野

49年卒 仙波・湯上

50年卒 鍋島、

50年卒西川君は所用で来られなかったのが残念だった。

 

 

17:00〜20:00過ぎまで、昔話に盛り上がり・・・

笑って・・笑って・・しんみりして・・笑って

 

 来年もやろうということになった

 ウルトラマラソン派の48年卒の岡村君も呼び込もうとなった。

    来たれワンゲル部OB

 

 

左より 高橋・山下・廣野・仙波・田中・湯上・八田・鍋島・貴公子

 

その後、相原先輩に合流すべく一番町の地酒の店まで得意のワンデリング。

着いたときには、閉店前10分。

チョット、足が短かったか?

 

山岳部OBのお歴々、浜田氏・峯本氏・相原氏。
 

昔々、部室が隣だったので共通の友人について思い出話の花が咲く。

岩橋ゼミ10期生で山岳部OBの武田豊明氏は愛媛国体の件で東京出張。

会えずに残念であった。

 

清貧百姓モドキ故に、酒を3杯おごっていただいた。

浜田氏の酒も残っていたので、許可を得て流し込む。

 

ウッドストックも休みであるし、近くのホテルまで相原氏と歩いて帰る。

こんなに早く帰って良いのだろうか?

 

誤解されては困るので、部屋は勿論別であると明言する。

 

 

 

 

松山商大ワンダーフォーゲル部53年卒生のこと

  • 2016.11.26 Saturday
  • 23:53

53年卒大石君の劔岳写真を契機にOB名簿を繰ってみた。

 

年食って、思い出に浸る様になったのか?

 

Kamikawa君(故人)

Tanaka君

Saitou君

Inoue君

Ohishi君

Hatayama君

 

この名簿を見て、東赤石山系での新人合宿に付いていったのを思い出した。

卒業できていたのに何故?
無理矢理入り込んだのか?誘われたのか?何故行ったのか?
まあ〜、それはさておき・・・・
大石君は剱岳ワンデリングの1ヶ月後には
やはり、石鎚の紅葉を見ていた。

 

鶴の子頭手前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  東陵コースを行った様だ。


 

南尖峰

 

 

 

 

 

 

 

 

                                天狗岳より南尖峰

     

      天狗岳・弥山を望む

 

スカイラインより石鎚東陵

 

 

   石鎚錦繍

 



 

伊予富士ワンデリング ー昭和50年卒商大ワンゲルOB会同期会ー

  • 2016.11.24 Thursday
  • 09:03

50年卒鍋島氏よりメールが届いた。

 

ご無沙汰しています。近況報告します。

 今月、寺井君の7回忌に同期の吉松、亀谷、西川、鍋島の四人で明石市の寺井君の自宅を訪問して、

お墓に御線香とお花を備えてきました。

 

亀谷と西川の3人で伊予富士に登ってきました、と写真が添付してあった。

 

彼らは、時々同期で登っているようだ。

左から西川君・亀谷君・鍋島君

 

彼らは、24年松山でのOB会にも参加してくれ話すことが出来た。

 


 

 

 

 

 

 

 

    鍋島君・亀谷君
 

亀谷君・西川君
 

 

 

 

     鍋島君・その前が吉松君 西川君・亀谷君

 

50年卒は、確か瀬戸本君の鬼籍に入っていると聞いたし、篠塚君には連絡がつかないと嘆いていた。

が、一度ブログに連絡依頼のコメントをくれたことがある。

 

コメント返しをしても、一方通行。

篠塚君、このブログを見たら連絡して欲しい。

 

還暦記念 剱岳ワンデリング

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 23:17

還暦記念と言っても小生ではない

 

昭和53年卒 大石 整君である。6年後輩になるのだろうか?

彼と初めてあったのは、仙塩尾根から南アルプス北岳への登る途中であった。

7月31日7:20 伊藤君PL、4人メンバーの1人であった。

右端が1年生の大石君

左より、若くして故人となった竹内君(2年)

伊藤君(3年PL)・貴公子・斉藤君(1年)・大石君

 

卒業して2年、まだまだ現役ワンダラー

この時は、昭和49年7月25日〜8月4日で夜叉神峠〜西農鳥〜奈良田温泉だった。

 

宮崎先生葬儀の時、彼と隣になり話していて・・・・

昨年、還暦記念に剱岳に登ったという話を聞いてデータを送ってもらった次第。

 

ガイヤ!!還暦記念で剱岳に登るか〜〜

羨ましい馬力である。

 

 

2015年9月19日〜23日

彼女と行ったか単独行だったかについては高度な個人情報、聞くべきではない。

ただ、還暦ワンデリングに相応しい晴天の山行であったようだ。

 

みくりが池から立山連峰。


 

   室堂から立山連峰

    紅葉が素晴らしい
 

 登山者は多い。

 涸沢に匹敵するテント村

  やだねぇ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13:00剱御前小屋

ここで鋭気を養って明日の早朝よりおさんぽ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

峨々たる剱山


 

少々緊張の大石君

                                      夕陽が当たり始めるか? アーベンロートの始まり始まり
 

 

9月21日 5:00 

モルゲンロートの始まり。がそれを楽しむ時間はない。剱に向けて出発


 

 

ラッシュである。槍なんかもそう!

 

 

一瞬のガスでも歩かねばならぬ。晴れたらラッシュがモロミエ(; ;)ホロホロ

 

7:40 やったぞう!剱岳登頂

 

 

帰るまでが登山。特に下りの岩場は気を付けなければならぬ。

 

立山連峰と遙か槍ヶ岳を望む。


足首・腰に爆弾を抱える今の貴公子には無理だろうな。寂しいことだが。
 

 

 

 

 天候にも恵まれ最高の還暦記念剱岳ワンデリングであった。

 

次は、何処に行こうか?と思っただろう。

ワンダラー共通の思考。

 

やっぱり、ホームグラウンドの石鎚山系の紅葉か?と思ったことであろうな?
 

以上、八幡浜在住、大石整氏の還暦記念剱岳ワンデリングの状況である。

平成28年 第26回松山商科大学ワンダーフォーゲル部天狗会 終章

  • 2016.10.25 Tuesday
  • 16:43

10月13日(水)

 

砂かけ婆と麺食い爺(水木しげる記念館)

 

かねてより、水木しげるロードには興味があった。

 

さらに、出雲路は小生の好奇心をかき立てる地域。

余りにも見所は多く貧百清姓モドキの諭吉は余りにも少ない。

まして時間も少ない。

 

今までに数十年の人生でわずかに

松江城(3回)・出雲大社・八雲立つ風土記の丘・出雲国庁跡・国分寺跡

日御碕灯台・美保関灯台・小泉八雲記念館・旧居

 

出雲は余りにも見所が多くて困る。

荒神谷遺跡・史跡公園、古墳の森・八重垣神社・足立美術館・

水木しげるロードと記念館・米子城址・月山富田城跡等々

 

で、今回は足立美術館と鬼太郎と月山富田城跡と米子城跡の予定であったが

足立美術館は済み、富田城跡には振られ、飲んだ後でも何とか境港市はセーフ。

米子城跡は時間切れというわけで、いつになるか分からぬ次回。

 

と、いうわけで「水木しげるロードと記念館」

 

    ネズミ男                     鬼太郎

 

 

一反もめん  

 当たり前だが、道には妖怪仲間が一杯。
 

目玉親父


 

砂かけばばあ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水木しげる記念館は、概ね撮影可能

 

 

 

 

 

 

 楽しいスペースが一杯。ゆっくり観ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成28年 第26回松山商科大学ワンダーフォーゲル部天狗会 ー本番ー

  • 2016.10.23 Sunday
  • 23:52

10月11日(火) 於 玉造温泉 松乃湯

 

大山下山の後は、

月山富田城跡に登城し、尼子氏の栄枯盛衰に想いを馳せる予定であったが

整備中であるといわれる。

 

近くにある美味しいと聞いていたそば屋は?店を閉めたといわれる。

 

世の中、何てこったい。

 

仕方なか!!私の絵と庭でも確認しておくか。

絵は見せられないが、まあ〜庭だけは見せてあげても良いだろう。

 

 

世の中は、一般的に足立美術館と呼んでいるようだ。

 

14:30 少々遅くなったが本日も手打ちそばにする。

地元の方に聞いて「そば処まつうら」

 

 

 

16:00過ぎ 玉造温泉松乃湯着

幹事は滝口先輩

受付は竹田先輩がされていた。

 

1時間ぐらいは温泉に入り・・・・・

出来れば混浴露天風呂がいいが・・・・

FB友人のゆかりさんは玉造温泉で混浴露天風呂やったとか・・・

期待は膨らむ・・・・・が、あまり広くはない露天風呂だけ。

 

何てこったい

 

贅沢は言わない。疲れた足を慰労する

 

 

18:30天狗会開宴 参加者29名

加齢が進みだんだん少なくなってきているような思いもする。

 

最近は椅子席が多くなった。着実に加齢は進む。

昔のように挨拶回りも余りしない。

時代に即応した天狗会。

 

 

故宮崎先生の奥様もお出でになり御挨拶

例年のように、近況報告が卒年ごとにありまして・・

校歌と逍遙歌を熱唱して・・・・

 

 

来年の幹事YAmautiさんの挨拶があって一次会お開き。

 

 

 

酒等を持ち込み部屋でじっくり話が進む。

何を話したかは余り記憶に残らない。

加齢によるものか???それも良し。

 

 

竹田氏とは何を話したかは覚えている。

ベトナムコーヒーとサミットについても話した。

 

若いときは、マージャン卓を2〜3台も並んでいたが・・・

10時過ぎ、遅くとも11時には全てお開きとなり良い中高年の姿がある。

 

明日は、朝食後各自自由解散。

 

境港市を散策する予定である。

 

同室の近藤・滝口・竹田先輩にお休みなさいと挨拶して夢の中に入る。

いやいや、なかなか入れない。

鼾の天才が二人おられる。如何に眠りに入るのかが問題

第25回松山商科大学ワンダーフォーゲル部天狗会

  • 2015.10.19 Monday
  • 19:58
10月8日(木)玉野市、ダイヤモンド瀬戸内マリンホテル
幹事 46年卒湯浅氏

徳田御夫妻を見送ることもせず、高知龍馬空港からひたすら走り駆け付けた。
結局30分の遅れ。



貴公子の撮影のため姿は見えず。故に写真に締まりはない。


今回も訃報を聞いた。
昨年は一つ上の河村先輩、今年は二つ上の柳先輩。


このアップをするちょっと前に、昨年の天狗会ブログに本日コメントが入った。
http://sizenno.kyo-chan.net/?eid=1106757
連絡不能だったShinozuka氏からであった。

「49年卒仙波氏にH24年6月にM・S氏、胃がんのため亡くなられたことをお伝えください」
という一文だけであった。

よく考えれば松山でのOB会を案内したときには
すでに亡くなっていたのか?
その時には松岡先輩も亡くなっていた。

関わりのあった先輩後輩諸氏の訃報はつらい。


山ではないが好きだった歌が口に出る。


♪♪山で死ぬヤツはよ 馬鹿だよと 
  言ったおまえがなぜ 死んだ
  俺を残してただ一人 霧の谷間に消えた影
  アーアー
  切れたザイルが目に浮かぶよ♪♪

元気に若しくは一病息災で、
それも贅沢なら、多病息災でも参加できれば儲けモノ。

来年は玉造温泉で、滝口氏の幹事。
蟹と銀と神と妖怪と蕎麦。出来れば大山、
欲張りすぎだが、これで行こう。

さて、いつもの二次会は?

この疲れた姿の4年先輩の福田氏は今期7回のフルマラソンだとか?
これから毎月愛媛マラソンまで続くとか?...<;O_o>










いろいろな話にウジが湧く???


さすがに、昔のようにはいかない。

23時前には、解散で就寝タイムが多い。
昔田村正和と騒がれた小暮氏も、加齢の影響は大きい。


翌日は、それぞれが随意に朝食バイキング。で、随意解散。
貴公子は、備中松山城に行くことにしている。

安達先輩も行きたいとのことで、ティーダベンツで御一緒する。

天空の山城。
駐車場から天守まで25分程度。

安達先輩と貴公子。




ゆっくりする予定だったが、
6日に道の駅十和に落とし物をして預かっていただいていること、
翌日10日は飲み会だったので帰ることにした。

昼食はうどん県でということで
13:30頃であったのに、ここ「長田in香の香」は客で一杯


ここは3回目。
歩き遍路の途中にも立ち寄り、
女将さんから御接待で饅頭と錦の納札をいただいた。

十和まで一気に走り、落としていたカード類等を受け取り20時頃帰宅

よく遊んで飲んだ週だった。
5日は宇和島市
6日は松山市
7日は高知市
8日は玉野市
で〆は10日の宇和島

贅肉のアルコール漬け。
いつ食することになるのか?

こんなメニューはもう作成することもあるまい。

慰霊碑修復登山

  • 2015.05.23 Saturday
  • 20:42
 昭和57年卒 曽我部 久氏のFBのアップされていた写真をパックった。勿論、本人の承諾を得てからのことである。

 

 松山商科大学ワンダーフォーゲル部2回生、矢野 博英君は55年5月16日に堂が森で永遠の旅鳥となってしまった。その時の幹部が曽我部氏らだった。

 当時、小生にも故松岡氏より連絡があったが、どうしても仕事でいけないと山行をお断りした。

 その曽我部氏が堂が森に行くという計画をFBに挙げてきた。
慰霊も大きな理由だと小生なりに推測した・・・・・・


 5月13日

  矢野くんの慰霊碑は、実は、見つける事が出来なかったのです。
造ったメンバーが見つけれないというのはいかなることか。
行きも帰りも見つける事は出来ませんでした。
道が崩壊しているところはたくさんあります。
あるいは、笹に埋まって見えないだけなのか。
あとで、「ここにあるやん」とか言われるのはやだな〜〜

途中色々コメントの書き込みがありまして・・・

小生も、スケジュールが合えば行こうと思ったが・・・
雨天が続き百姓ゴッコの予定が狂い、断念。

で、5月20日に再度行かれて・・・
笹刈りで慰霊碑発見。
保井野側に下ったところ。



 慰霊碑はかなり痛んでおります。学生が練ったコンクリは弱い。

 笹に隠れて静かに眠っていたか?

私はここに居ません。
風に乗ってワンデリングしていますといわれるが・・。



応急処置をしてきました。秋には本格的になおします。

毎年5月16日前後に慰霊登山をしたいと思います。



御苦労さまでした。
私がいくら頂上付近を探しても慰霊碑が見つからないはずです。

どうも、亡くなった場所での慰霊碑は営林署の許可は得られなかったようで・・

何れにしろ、
商大ワンゲル部OB諸氏は堂が森登山のあとには、慰霊碑にお詣りしましょう。





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