平成30年 松山商科大学ワンダーフォーゲル部天狗会&松山大学ワンダーフォーゲル部OB会

  • 2018.10.23 Tuesday
  • 09:37

平成30年10月20日

愛媛ラーメン博で2杯食べ馬力を付けて、いざ!にぎたつに。

 

12:40〜待機

13:00過ぎよりボツボツ受付係や気の早い者(笑)が集まり始める。

やあやあ〜

久しぶりやなあ〜などなど良い景色

 

 

受付担当は、天狗会は43年卒の河村・菅野氏

48年卒〜54年卒は49年卒の仙波氏・湯上氏

58年卒〜63年卒は61年卒の宮内氏・楠野氏

横浜からの62年卒西窪氏も早めに駆けつけて談笑。

 

これも又、プレOB会。

始まるまでも、むしろ始まる前の談笑がなお楽しいんだよな


 

 

 

  17:45〜記念写真 

プンプン!怒っているのだ!!

 

写真屋さんにデータを送ってくれとお願いしたのに、・・・・

もうここは利用しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18:00〜懇親会

 

小生は清貧百姓モドキ故に大金を持ち慣れていない。

支払いを済ませてから参加すると進行の伊藤に言っている。
75万程の支払いを済ませ、こそこそ裏のドアからこっそりと入る。
43年卒 幹事長玉井先輩の開会の挨拶中
「天狗会」についての説明中だったか?
天狗会挨拶41年卒芝氏
同じ宇和島産で高校の先輩でもある。
(バッテリーが切れる直前で慌ててシャッタ-を押して手ぶれ)
 
 
  
  
 49年卒OB会長仙波氏挨拶
本人は、この次には根回しして誰かに代わってもらうと盛んに言っているが・・・・(笑)
今時、火中の栗を拾う者が居るのかね?
お手並み拝見(爆)
 
故宮崎学長先生の奥様挨拶
今までも各地の持ち回りにも、公務の許す限りご夫婦で御参加いただいて来た。
が、色々あってね、枕元に主人が出てきて、「もう退会しろと言うのよ」と言われる。
私は、不自然な足の運びを見て何らかの後遺症かな?と妄想した。
       長い間、ありがとうございました。
 
 62年卒西窪氏の乾杯の挨拶
  小生にはできない素晴らしい挨拶であった。
   
はるばる、横浜から参加していただき、お土産は同期の谷本氏。
彼はつくばみらい市在住で
御徒町で偶然会って酒を飲み誘ったのだという。
ほんまかいな??
かんぱ〜〜い
話に夢中で写真も撮れなくて・・・
うろうろしている場面や
席を立っての話し込んでいる場面や
肩を組もう・・のワンゲルの歌の場面もいろいろお楽しみカット
で、21時前に天狗会の次期幹事をしていただく
46年卒宮石氏の挨拶
鳥羽で会いましょう
架けている旗を取ることができなくて、部旗による引継式は叶わなかったとさ。
席を桂の間に変えての2次会
23時前にお開きにして各部屋で3次会
他の人たちはどうしているのか?そこまでは関知しない。
そして、道後の夜は明けていく。
朝食バイキングは6:30〜で、自由解散。
お疲れ様でした。

みちのく一人山 by 58年卒 高石竜二

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 23:53

山には、同期の阿部君とランタンとウイスキーが必須携行品(笑)

が、阿部さんには今回は振られたか?

8月10日〜12日

みちのく一人山となったようだ

 

 

 

1年振りのテント生活だったらしい。
一人で過ごすテン泊はいいもんだ。
ウイスキーをチビチビやって明日の予定を立てる至福の時間。
日頃の行いが悪かったのか、ウイスキーを山の神にお供えしなかったのが怒りを買ったか?
朝から雨が降り続く。
なんてこったい。
岩木山(1625m)に向かう。翌日は八甲田山(1584m)
となれば、百名山踏破が狙いだろうか?

 

 

平成8年天狗会歌集 於松野町森の国ホテルでの人気6が「シーハイル」

本文には関係ないが、ちなみに1は小生のメール着信メロディー「あざみの歌」

 

♪♪岩木のおろしが吹くなら吹けよ

山から山へと我らは走る

昨日はボンジュネ今日又アジャラ

煙立てつつおおシーハイル♪♪

 

高石君にとって、この歌は死語の世界か?

はたまた、口ずさみながら登ったのか?

 

8月12日(日)

青森県西部から中央部に向きを変え八甲田に向かう。

ワンダラー皆が読んだ「八甲田山死の彷徨」何てね((@^▽^@))

 

前日とは一転して雨は上がっていた。

「天は高石を見放さなかった」

 

貴公子も八甲田には2回登った事がある。

PL故松岡氏とSL杉野氏と田中と私。花の一年生であった。

事件は知っていたが、本は出ていなくて私にとってはメジャーな事件ではなかった。

 

やはり当時もガスっていた。神田大尉の怨念か、などとは思いもしない。
 

彼は、事件を思いをかみしめたか、それとも一つのピーク踏破であったか?
いずれにしろ、家族を残して盆前の単独行で2山をかせいだ。もうけもうけ!
下山すれば、奥入瀬渓谷を歩いて、ここは酸ヶ湯温泉でしょう。
たっぷり汗をかいて生ビール。
大町桂月も歌う
住まば日の本遊ばば十和田歩けや奥入瀬三里半
歩いたという記録はないが、まあいっか!

矢野博英君追悼登山 by大石 整

  • 2018.08.04 Saturday
  • 16:01

2018年4月21日(土) 百姓ゴッコをしている所に大石君より電話が入る。

「さては、10月のOB会に参加できなくなったということか?」頭をよぎる。

 

然に非ず、堂ヶ森に来ているという。

 

矢野君の墓標もすぐに分かりましたよ、と宣う。

彼はコーヒーが好きだったと中西女史が言ってたなあ〜

それとも、コーヒーは彼女だったか?

まあ〜いいや。

お供えしてくれたんだ。

サミットの自家焙煎コーヒーが良かったのにとは、電話で言わない。

保井野側に少し下ったところだと言ってたなあ〜。

 

そういや、昨年だったか?もてころKenchanも墓標を見つけたよとメールをくれたが、残念写真がブレていた。
 

小生は、もう3年〜4年前に登ったきり。

日時が思い出されないのは、69才になろうとする中低年の特性。

思い出せなくても、まあ、いいじゃん。
山も昨年の鬼怒川温泉での天狗会、ついでの高尾山だけ。
孫参りと歩き遍路で山は御無沙汰、仕方ないじゃん。
これを書いていて、ふと思う。
大石君は53年卒、彼との出会いは何時?何処?でだったかなあ〜!!

OB会?仙丈からの北岳への途中で会ったと覚えているが・・・
この写真がデジタル化出来ると良いのだが、
アナログ人間には遠い世界。
まあ、記憶の欠落などあっても、いいじゃん!!
政治の悪いことに比ぶれば可愛いもの!!!
その堂ヶ森山行時は、当たりを付けて探し探し歩いたが、諦めた。
その後、57年卒曽我部氏の情報で分かったことだが、
「クマザサに覆われ墓標も壊れ」、場所が分からぬ小生には・・・・
1年探しても見つけることは不可能であったろう。
曽我部氏の整備や、昨年の58年卒の中西女史や槇、三好氏の整備のおかげで
「矢野君の墓標もすぐに分かりましたよ」になったのを感謝しなければなるまい。
少々、本題がずれてきた。
確か、大石君と矢野君とは高校・大学も同じであるが行き違い。
矢野君は八幡浜高校卒でもありワンゲル部の後輩ともなる大石君との交友はあったのか?
何てことはないが、これを書いていてふと思い付いた。今度会ったら聞いてみようか。
大石君の想いに帰る。
彼と話したのは何時のことだっただろうか?
このように、周りの展望をカメラに収めたのであろうか?
もし、あの場所で写真を撮ろうと思わなければ・・・・

 
白骨林も儚んで空しくなっていく。
クラセの頭も西冠の遙か石鎚も、このような姿をあの時、彼に見せたのであろうか?
堂ヶ森頂上で矢野君の足跡を偲び涙する。
愛大小屋は5〜6年前だったか新しくなり、あの事故を知りもしない。
あの悲しみや怒りは、時間のフィルターを通して和らげることが出来る。
 
帰りに、もう一度お参りして、また来るからな、とつぶやいて別れを告げる。
僅か5時間余りの追悼登山でしかなかったが、改めて何気ないことでも大きな事故になる。
山ばかりではない。自分自身の生活の中にも潜んでいるのだと、再認識した山行であった。
                                     合掌

あぁ〜〜私の神がいない 2

  • 2017.10.22 Sunday
  • 20:28

10月20日(金)

朝食6:30  キジ打ちで時間を要し7:04発となる。

 

今回の遍路のコンセプトは

スローな遍路

清貧遍路  

思い付けば 追加もあり得る。

 

 

スローな遍路で  先ず失敗。

1時間思い違いをしていて、10番切幡寺 分岐に着いたのが17:00。翌日のお参りになる。

まあ〜いいか😭

 

6:00に起きて、6:30出発、7:00   お詣り。納経所のかなりのお年の御婦人

ベルを押しても御出でにならないならない。10分程の人生勉強。アァ〜

 

 

  もし、昨日お詣りしてしていれば・・・・・・

もし、昨日に若くはお詣りから帰りに弁当&非常食をコンビニで買っていれば・・・・・

山中の遍路休息所で寝袋を使う事も無かっただろうが・・・・・

大粒の雨が降ったり止んだり、濡れた衣服の滴がかかったり・・・・

熟睡の無い夜だったか?

 

10月21日(土)

 

6:00起床、下りるべきや進むべきや

決められずに浄蓮庵か43号線に下りてから判断することにした。

7:20 出発。緊張感を持って出て、245号線。これを出ると12番焼山寺はスルーとなる。

 

しかし、遍路返し5番目の登りにかかる。昨夜ユックリ脚を休めたためか?ワンピッチ。

8:20 浄蓮庵着。空海がたたずむ雰囲気プンプン。

雨も大したことない。これならば焼山寺まで行けそうだ。

 残りの握り飯をゆっくり噛んで食べ、エネルギー充填。

 

 

 

45分で43号線に出るも迷う事もなく、6/6最後の遍路返しに取り掛かる。

南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛の連呼

同行3人 侑馬も共にある。iPad お中にもスマホにも。

 

10:35 12番焼山寺着

荷物を下ろして休みなさいの和尚さんのお言葉でしばし休息。

回りは水びたし。良いから良いからの優しい言葉。

前回は、飴とお菓子を頂いたのだが、とは言わない。

 

ストーブも焚いてなく、寒くて11:00下山。

 

今日はゆっくり、 全ての服等を洗濯して、

靴もザックも何もかも乾かすぞと 

朝 、一番近いすだち館を予約していたら、台風で停電になるし、それを乾かすのはウチではなかなかなので 

近くのなべいわ荘にお願いしてあげる 、と。

えっー 、風呂に入る状態になっているのですが・・・・・・

 

が、今回は全ての乾燥が最優先。再度最低限着替えて 、靴だけ履いて雨のなか移動。

 

アァ〜私の神がいないpart2

 

さあて、明日はどんな遍路が待っていることやら。

 

 

写真がアップできないない。イライラ。

 

 

 

 

里山

  • 2017.07.16 Sunday
  • 23:06

人と生き物が共に暮らす自然、命響き合う美しい世界・・・里山

 

カサブランカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿の子百合

花を付けるのはもう少し先である。

これをシーボルトが、オランダに持ち帰ったと言われている。

 

ヤマユリとオニユリ

 

サルビア・ガラニチカ

あっという間に地下茎で繁殖する。

この時期に花を切り取っても、新たに花を付ける強い植物である。

 

 

サルスベリ

 

挿し木で増やすことができ、

秋まで花を楽しむことができる。
 

ムクゲ

 

芙蓉の花に似ているが葉の形が明らかに違う。

これが咲いて後に芙蓉の花が咲く。

芙蓉と言えば、山の貴公子的には新田次郎・・千代子さんとなる。

 

芙蓉の花の絵が欲しかったが、まだ咲いていなかった。

 

ムクゲ二世

挿し木した分である


 

 

ニガウリの花                                ゴーヤの花


 

 

スイカの花

 

  キュウリの花 先日苗立てしたおニューである。

今食べているのは、うどん粉病に冒されてそろそろお隠れになる。

 

 

 秋の花                            夏の花

 

ヤブカンゾウ

食べられるというのだが、いくら清貧でも・・・

 

ヒメヒオウギズイセン                    ユリズセン

 

私の好きなキキョウ。

先日の鬼北山野草展で購入し、山野草園の仲間入りをした。

 

 

 クチナシの白い花、貴女のような花だった。

 

 ただ一輪の残り花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海抜220mの奈良郷にも、やっとフウランが咲いた。

暑い中で涼しげな風情。モミジの木に自生している。

 

 

 

暑い日中は、風蘭をを眺めながら自家焙煎サミットコーヒーホットを飲んで休むに限る。

実は、この風蘭は富貴蘭とも言うのだそうな。

富貴名門の子女に恋するを・・・等と吠えたこともある。関係ないが・・

 

この暑い中にも、中山間地域の奈良郷の里山にも美しい世界がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

追悼登山ー追想ー

  • 2017.06.09 Friday
  • 01:01

1980年(昭和55年)5月16日(金)14:51

 

松山商科大学ワンダーフォーゲル部に激震が起こった日である。

四国合w調査の週末パーワンでの一瞬の事故。

 

夕方、故松岡先輩より電話があり部員が事故にあった。

松山に来られないか?とのことであったが・・・

仕事で、どうしても抜けられない。

カンパだけでごめんなさい!

 

 

この事をいつから忘れていたのか?

思い出そうとしても思い出せない。

 

5〜6年前、堂ヶ森に行くときに思い出す。

そうだ立ち寄ってみよう。が、場所が全く分からず。

 

機関誌「天狗追悼号」発行年月日 昭和55年10月6日
 

 

送られてきて、さらっと見て・・・・本棚の中に他の機関誌共々眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

57年卒曽我部氏を中心に墓標修復・追悼登山をしようと言う話が持ち上がっていた。が、・・・

日程調整が難しくて、結局天候の都合で一人で行ったとの報告がFBに揚がった。

 

な、何だよ!でも・・それもそうだ。その方が気楽だよな。

 

曽我部氏、平成15年5月20日の画像

 

訪ねる人もいなかったか?笹の中に慰霊碑は眠っていた。

 

探して・・・探して・・・探して (ご苦労様!)


 

見つけた。笹を刈って・・・・・・・・

 

慰霊碑も久しぶりに陽を浴びて嬉しそう。
 

曽我部氏の言

 

1慰霊碑はかなり痛んでおります。

2学生が練ったコンクリは弱い。 
3応急処置をしてきました。   

4秋には本格的になおします。  

 

 

 毎年5月16日前後に慰霊登山をしたいと思います。

 

当時、矢野さんと同じく空気を吸った人は、そんな気持ちになるかもね。

 

 一方で、辛くて山から卒業した人も居るかも知れない。

 人はそれぞれ。

 

 その時の辛い様々な気持ちは忘れないまでも、全てひっくるめて風化していて欲しいと考えるのは、当事者でないからか?

 

 

 

 

 

時は流れて・・・、弊ブログに中西さんという女性からのコメントが入った。

 

やり取りの中で、矢野さんの同期部員で途中退部したのだという。

彼の慰霊登山がズ〜〜〜と気になってきたのだと言われる。

新居浜に住んでいる曽我部さんを夫婦で訪問したりして・・・

交流を深めていき・・・・

 

ついには、八幡浜に住んでいた矢野さんも道後聖墓苑に眠っているということも彼女が探し当てた。

 

そして、元部員の何名かで慰霊登山実施について話が揚がってきたようだ。

 

小生は、やはり登山だけなら一人が良いかな?

百姓ゴッコが忙しい。日程調整は難しい。

 

先月の5月17日、何人かで行くようだとの情報が入っていたが・・・

 

曽我部氏のFBには

 

堂ヶ森に慰霊登山に行ってきました。結局一人で行きました。

 

やっぱりね!

 

笹を刈る道具を置き忘れてきました。だめだこりゃ。
またもやクマ笹の中、

 

手動式葉っぱ千切り器。

葉っぱをちぎったのが下の写真です。

 

 

 

 ギター抱えたワンダラーシンガー曽我部 久氏

  実態は新居浜市 エルスタジオ経営者

 

 矢野君に捧ぐ山の歌?

   違う?

では、好きだった山崎ハコの流れ酔い歌か?

    ブウー

山男のセンチメンタル 惜別の歌か?

   ぶうー

  奉納曲は、長渕剛の「close your eyes」だと!           

  フンフン・・まあ知らない歌だわな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慰霊碑の前を通る道は廃道になっていました。
慰霊碑の正面の所までは笹を刈ってくれていたのはご慈悲ですね。
慰霊碑の正面のあたりに鉄の棒をおいて道を塞いでいます。
ここが廃道になって、梅ケ市方向へ20秒ほど下に下りたところに保井野への分岐があって、そちらがこれからは本線なり。
慰霊碑を見るのはもう、我々だけになっていきます。

 

慰霊碑の少し上に登った場所です。            
雨水は右方向へと誘導されて、慰霊碑の方へ流れて行きます。

 

  

 

一方で件の中西女史、同期の人に連絡を取り慰霊登山を計画をしたようだ。

その日の16日にかなりこだわりがあったが、結局仕事の都合で28日に実行。

 

参加者は3名。

58年卒 槙 俊佑氏

同   三好 健夫氏

同 中西(大西) 洋子女史

 

さすがワンゲルのメシを食った経験者

初めての登山コースだったためか?慰霊登山の企画・連絡・実行責任があったためか?

事前偵察登山をしたようだった。

 

 

前週に梅ヶ市との分岐までトレーニングとルート把握を兼ねて登っていた。

 

しばらく山から離れていたので、勘を取り戻すには良い経験だったはず。

 

慰霊碑の前で矢野君の好きなコーヒーを一緒に飲むという強い気持ちは・・・・

 

荷物を軽くするために、カッパとガスコンロとクッカーは断念。
甘くはないよね!

 

ワンダラーの基本

行動食は用意しただろうが、非常食2日分、余分の水、ヘッドランプ、ダウン、着替えなどはどうかな?

 

さて、その5月28日(日)彼女の報告メールには

 

曽我部さんの記述どうり保井野側から碑へ直登の道は鉄の棒で止められてました。
 しかし、槙君は難無く分岐から稜線を5メートルくらい行って碑を見つけました。

彼も35年ぶりにのはずなのに、よく記憶してました。

(やはり彼はパーメン、重い想いを背負ってきのだろうと拝察する)

 

 

 

 

 

ザックを下ろした後に、早速、愛妻様に証拠写真を送付する二人。

 彼女が、お連れ愛様に送ったという報告はない。

 

 

曽我部さんは笹刈り鎌を忘れて、手でもぎ取り・・・(爆笑)

同期三人組は・・・・

中西女史に言わせると

槙、三好君は持参してきた鎌で、怒濤のようなすばやい笹刈りをして、碑のまわりを整えました。

二人の鎌さばきは、見ていて怖かったほどです。

 

 

線香と、三好君がきんつばを供え、しばし黙祷。そのあと記念撮影。

彼がこだわっていたコーヒーを供えられなかったのは心残りか?

 

不肖この山野貴公子が、その内に美味いサミット自家焙煎コーヒーを供えてあげよう。


 

その後堂ヶ森のピークへ、初めて有名な反射板や三角点を見たり、槙君の解説で感動的な眺めを目にしました。
 矢野君と槙君が落ちた木のあたりを教えてもらいましたが、崖とは思えないほど静かな灌木で覆われてました。

 

やっと念願の慰霊登山ができたという、喜び発露のポーズとなったか?

 

 

 

 

 

 

彼女は言う

30年以上山やってないもん同士で無理にパーティー組んで登りましたが・・・

慰霊碑と、ピークと、事故なく下山できたのは山の神様が暖かい目で見守ってくれたからか、

矢野君が喜んでくれたからか‥‥ 

 

顧問 鈴木先生の追悼号巻頭言の一部を掲げる。以て、合掌

人間もとより死せざるは無し。

されど、明朗闊達にして性は純良なる好漢矢野博英君が、

未だ人生の山麓に在りながら鬼籍に入るのは痛恨の極みなり。

吾人、天道の振舞い非たるを疑わず。以下略

  

二夜を憩う山男

  • 2017.05.16 Tuesday
  • 00:24

♪♪出湯の窓に夜霧来て

せせらぎに寝る山宿に

一夜を憩う山男

星を仰ぎて明日を待つ


17:44 大船山上の月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

法華院温泉山荘

 

山荘の位置は、簡単に言えば東の三俣山と西の中岳の間の沢沿いにある。

もし、北千里が浜に土石流が発生したら、

この沢を駆け下りて、坊がつるに駆け下りることになる。

 

通常、せせらぎの音を聴きながら眠るが、超大雨の時に妄想すれば・・・

眠れるどころではないであろう。

 

3〜4人以上で入浴したときはない。いつでも入れる故であろう。

翌日は、4:30に目が覚め、すぐ、

静かに静かに風呂に移動。星を仰ぎて・・

 

6:45から朝食。早く行くこともないコースではあるが、

一番に受け取り朝食後すぐに出発できるように準備。

7:15 出発

 

8:20 中岳〜三俣山を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8:35 段原着 前方が大船山

晴天のなかゆっくり楽しみながら登ることができた。

足腰の調子は良い


 

 

 

 

 

 

段原より大船山をズームで撮す。
 

 

9:10 大船山着

九重連山の名峰久住山が1786.5m

30僂虜垢濃旭未亡鼎鵑犬討い襦

 

ここでコーヒーを飲むために、コンロもコッヘルも水も用意してきた。

マグカップは自宅のテーブルに置いてきた。

昨夜急遽、酒カップで代用しようと、イヤイヤ酒を注文した。

何故か、予備も用意したがこれは不要だったか!

 

 

山で飲むコーヒーは決まっている。

サミット自家焙煎ドリップコーヒー

すこぶる美味い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違いが分かる男のサミットドリップコーヒーの図
 

コーヒーを飲みながら・・妄想が頭の中を駆けまくる。

ただ今は9:35、出発を10:00にすると・・・

行けるじゃない。

十分、三俣山(1745m)をやって夕食に間に合う。

 

臨機応変で行こう!

と言うのも、上りはよいが下りが怖い。

 

飛ぶように下っていたのが、昨年大山ですっ飛んでそれ以後用心用心。

今では足下を確認しながら一歩一歩。時間が掛かる。

 

北大船山(1706m)から大戸越(うとんごし)の下りで35分も掛かってしまった。

この下りは怖い。低木のトンネルと壁。

 

 

道は川となり谷を造る。至る所に脇道はできているが、そこすらも削り取られていく。

 


 

 

状況としては、決して良くない。

11:55平治岳(ひいじだけ)着。上りに35分も掛かってしまった。

 

三俣山は止めた止めた。

そう計画は変更すべきではない・なんてね。ゆっくり山を楽しもう。

坊がつるでコーヒー飲んで、ゆっくり昼寝を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

坊がつる讃歌

  • 2017.05.12 Friday
  • 22:34

ミヤマキリシマ咲き誇り 

 

 

 

 

         山くれないに大船の

 右側ピークが大船山(1786m)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウン?ミヤマキリシマは一歩手前、「山くれない」にはなってないか 

 

まあいいじゃない。気にしない気にしない!

 

義母が別府に所用があるとのことで、引率がてらかみさんは同伴

で、我輩は山ということで話がまとまった。

足が不自由のためにフェリーのスロープ利用が一番。

百姓ゴッコはまだまだ多忙なれどそれはそれ。

 

5月7日(日)

義母等と別れて長者原へ・・・

5〜6年前に中岳等に登って以来のことになる。

 

松山商大ワンゲル部OB天狗会のオマケの山行だった。

http://sizenno.kyo-chan.net/?eid=1106382

 

15:00 登山届を投函して登山開始。

コンパスアプリでの登山届はPWがどうしても合わず、しかも問題解決の暗号も思い出せず。

アナログでの登山届。情けない!!

 

16:10 雨ヶ池湿原 

花菖蒲が一面咲いてると空想しながら歩く。

 

♪♪人みな花に酔うときも 残雪はなくただ歩む♪

 

道沿いには、花々の群落

 

キスミレ 始めて見た花である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クサボケの花。余りにも可哀想な名ではないか?

 

ハルリンドウ 侑馬山野草園にも二株ある。紫色が上手く出ていない。

 

 

 

17:00 法華院温泉山荘着 即温泉に入る。

いつでも入ることができるのが魅力

 

夕食は、18:00から、生ビール片手に外に出で火照った身体を冷ます。

眼前は、大船山から平治岳

 

 

食後は、風呂に入って寝るだけ。

 

 

奈良郷の春

  • 2017.03.08 Wednesday
  • 15:00

梅あまた咲いて奈良郷の春を知る ー本歌鳥ー

 

 

 

 

 

 

実できるかメジロ吸いつづく  ー山尾火ー

 

 

残月にもう少し活きるかと梅  ー山尾火ー

 

 

 

 

 

 

 

ヒヨドリの居ぬ間にはよはよメジロー山尾火ー

 

ヘルシー歴史ウォーク「笠置峠を歩こう」

  • 2017.03.06 Monday
  • 23:15

歴博イベントの後には、必ずアンケートが付いてくる。

 

あなたの興味は何ですか?がいつもいつも付いてくる。

いつも「古墳・山城」と書いてきた。

 

今年度、最後のイベントが歩いての古墳巡り。

何と言うことでしょう!!!

ワンダラー百姓モドキのために企画していただいたようなもの。

 

笠置峠古墳の前方部から後円部

 

古の遺構には妄想を増幅させる材料が積み込まれている。

百姓モドキもこの首長墓の末裔だとも・・・

DNAを調べてみようぜ!何か出るかも?

冨田学芸員さんは、歯を調べるのが一番簡単だと。

 

しかし、冷静になって考えると縄文原人短足族には馬は使えなかったであろう。

妄想は中断。短足ワンダラーに帰る。

 

3月5日(日)8:30 歴博駐車場を出発する。

古墳専門の冨田学芸員さんの挨拶

葉佐池古墳の時にも来て欲しかったなあ〜

 

今年度の最後の事業。しかも好みの事業。

天気も最高、言うことなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笠置峠古墳に隣接する宇和盆地と八幡浜を結ぶ里道、笠置街道を歩くのが目的。で、宇和盆地の古墳文化や街道にまつわる歴史も学ぶことが出来る。

 

 この事業もジオパークの研修活動ともリンクしているのであろう。ジオパーク認定・継続も厳しい事よ。


 

90ほどの古墳から3カ所、遺跡が1カ所。

 

岩木赤坂古墳

ナルタキ古墳群から2カ所

笠置峠古墳

 

と、西の前遺跡を見学することになっている。

 

ナルタキ1号古墳と内部

この裏に、2号古墳がある。

杉林の中には、

あと5つほどあるようだ。

(掘ってみたいなあ〜

 

次に、西の前遺跡

奈良時代から平安時代にあった岩城廃寺ではないかと言われている。

近くには、宇和郡衙があった可能性があるとのこと。

 

妄想は広がる。

予定よりも30分ほど早く出発し、笠置街道登り口に到着 9:45

前回行った三瓶神社の裏手に当たる。

標高GPSで230m MAPで220mと出る。そんなことを話していたら・・

地元の方が、ほらここが測量点と指さされ220mだと言われる。

 

ふんふん

(奈良郷は190m程度だから、30mの違いしかないのか?)

 

 

 

 

 

 

ここから、笠置峠古墳までは9つの見所があるの言う。

これもジオパーク関連観光興しか?

 

馬頭観音

清水地蔵

石畳

ものい嶽

古墳の窓

遍路墓

峠の茶屋

文さん井戸

峠の地蔵

で、上がりが笠置峠古墳ってか?(笑)

 

チンタラチンタラ登って50分。

 

ものい嶽で休息、前期高齢者級の参加者ですから。

その間に、小生と松山からの後期高齢者氏だけがものい嶽調査。

宇和盆地が一望できる。syoryuさんの垂涎の撮影ポイントとなるであろう。

たぶん・・・ガスって来ればの話かな?

 

文さん井戸は大したことないと宇和の方が言われるのでスルー

 

峠の地蔵さんも、真しやかな言われはあるが、う〜〜ん。

ま、いいか

 

10:40到着予定よりも1時間以上ゆとりあり。

 


10:50 後円部を背に説明をしている冨田学芸員さん。


 

 11:00 少々早いが早弁としゃれ込む。

  本日の百姓モドキのメインディッシュは、喫茶山野の豪華ちゃんカップ麺

  これが山野で食べると、ことさら美味。トレビアーン!! (御大尽様には解らないだろうなあ〜)

 

 

 

12:35 八幡浜市釜倉着 予定よりも1時間半ばかり早い。

早いのは良いことだ。歴博に帰って事後説明を受けることにする。

 

「特別展 えひめの古墳探訪」

4月9日まで展示中 

 

タイムリーな説明となる。佳きかな良きかな!!

 

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